葫芦絲のしらべ
……その夜菊池は、とにかく司書に会いたくて仕方なかった。
もう深夜と言っていい時間で、規則正しい生活を第一とする彼女はすでに寝入っているかもしれないと思いつつも、その気持ちを抑えることができない。
ネオンが煌々と輝く飲み屋街を足早に抜けながら、手に入れたばかりの携帯電話で司書に連絡をつける。すると彼女は難なく応答して、テレビを観ていたら夜更かししてしまったと照れながら言うのだった。
「先生っ」
「おう、こんな夜中に悪いな」
「いいえ、いいえ。入ってください……寛先生がいらしてくださると思ったら、もう、待ちきれなくて」
部屋の扉を開くなり、司書は人なつっこい犬のように菊池を受け入れた。
「それにしても……先生、お電話くださったときは外にいたんですよね」
「ああ、ちょっとな……」
「他の先生と一緒に? どちらに……あ、きゃあっ」
いつも通り彼女のベッドに二人で腰掛けて会話を始める気配となったが、そうなるともう菊池は心の底からこみ上げる愛しさを抑圧できなかった。司書を強く抱きしめて、その頭を自分の胸元に押しつける。
しかし予想外だったのは、そこで唐突に司書の身体がこわばったことだった。
今まで感じたことのない態度だった。司書の頭も、首筋も肩も腕も、まるで菊池を得体の知れない誰かと認識したかのようにぎくしゃくし始めた。
胸板に伝わる緊張を自分のもののように感じて焦りながら、菊池は司書の顔を見た。
「すみません……匂いがしたから……」
「ああ……酒臭かったかな。悪い」
「い、いいえ」
菊池の腕から解放された司書は、ツイッと顔を背けてしまった。
そんなよそよそしい仕草というものも菊池の知る司書には似つかわしくないもので、喜びの表情で自分を迎え入れた彼女との落差に困惑してしまう。
「あの……先生……」
どう声をかけたものか迷っていると、司書の方からおずおずと口を開いた。
「お、女の人のいるお店で、お酒を飲んできた、っていう認識で、間違っていない……んでしょうか……?」
「んっ?!」
司書はそこまで言うとようやく菊池を見たが、その視線には控えめながらも菊池を疑う、あるいは責める光が宿っていた。
そして困ったことに、彼女の問いは間違っていなかった。
「なんで……」
「匂いがしたので……先生の首のあたりに……なんだろう、ファンデかな……とにかく、化粧品の香りがついてて」
その通りだった。しかしそれを彼女が嗅ぎつけるとは思っていなかった。認識の甘さ。しくじった。
忸怩たる思いで菊池が黙り込んでしまうと、司書は瞳に宿った嫌疑の視線をさらに強めていくようだった。
「あ……でも……」
かと思えば急に、泣き出しそうな顔になる。
「私に、先生の浮気……違う……他の女の人と…あ、遊ぶ……ことを、なにか言う権利は、もしかして、ない……んでしょうか」
「いや、いや、いや」
「その……先生にとっては、私は、たらし込んだ女のうちのひとりでしか……」
「違うんだよ、ちょっと聞いてくれ」
確かに菊池はさっきまで、司書が言ったような場所にいた。狭いカウンターとボックスが二つだけの小さな店で、席に着くなり酌婦が傍について彼のグラスに酒を注ぎ、自分のぶんも飲み物をねだるのだった。
しかしそこに行った理由は付き合いとしか言いようがなく、浮気心も下心もあったものではなかった。
それどころかきわどい服で谷間も太腿も丸出しにした酌婦が自分に身を寄せて酒をねだってくるたび、菊池の心には荒涼たる原野のように風が吹きすさんだ。同時にみるみる膨れ上がってくるものがあって、それこそが司書に会いたいという気持ちだった。
彼女ののあたたかな微笑みに触れたかった。聡明そうな顔をふにゃりとやわらげて、自分に甘えてくるあのかわいい娘を抱き締めたかった。
司書の存在が菊池にとって大きくなりすぎていた。もはやゆきずりの女の胸に甘えることになんの価値も見いだせない。
甘えるなら司書がよかった。その心のうちをあらわすかのように柔らかすぎる肌を可愛がってやりたかった。
「俺が愛してるのはアンタだけだ」
「……本当ですか?」
「本当だとも。愛してるぜ」
「…………うぅ……」
司書は拗ねるように黙り込んだが、その態度は先ほどまでの硬いものではなかった。菊池に心を許しているのがわかる仕草だった。
「本当に……浮気、してないですか?」
「まぁ、よその女に酒を注いでもらうのを浮気だと言うなら、俺はもう罪人だが……」
「そうじゃなくって……」
司書が菊池の脚に手を置く。さっき匂いを嗅ぎつけて拒絶した場所に、今度はわざと顔を寄せてくる。
「キスしたり、裸で抱き合ったり……してませんか?」
司書も本当に疑っているわけではない。菊池の口から決まりきった答えを聞き出したくて問うているのだ。
ふと、菊池の胸中にいたずら心が湧く。
「そんなに気になるなら、アンタが自分で確かめてみたらどうだ」
「えっ?」
そう言ってジャケットを脱ぐと、司書は驚いたような顔になった。
「俺の身体に、不貞の証拠が残ってないか調べてみればいい」
そのままタイを緩めてシャツを脱ぎ、ぱっと両腕を広げてみせる。
司書は最初こそ顔を赤くしてためらっていたが、やがて意を決したように菊池の肌に触れた。鼻先を生身の胸板に埋め、ひくひくと鼻を利かせる。
「んっ……肌には、匂い、ついてないですね」
「だろう?」
「でも、汗がちょっとお酒の匂い……洋酒ですね。ウィスキーとか、ブランデーとかの」
確かに菊池が店で飲み干したのはわずかな量だがブランデーで、その嗅覚の鋭さに驚いたりもする。
「んっ……!」
「お……」
鎖骨の下らへんを、生ぬるい感触が滑った。司書が舌を出して、菊池の肌を味わうように沿わせていた。舌はそのままちろちろと、快楽を煽る動きで乳首を愛撫する。
「そこで浮気の有無がわかるか」
「んっ…他の人の、よだれの味がしないかって」
「……するか?」
「しない……先生の、肌の味だけです」
言いながらも司書は舌を蠢かし続け、菊池の胸の尖りをたっぷりいたぶった。
「下も……確かめないと」
「おう。好きなだけ調べてくれ」
愛撫されている菊池と同等か、それ以上にうっとりと頬を上気させながら、司書がズボンに手をかける。それを手伝ってやってから、股間に近づく司書の顔を眺めた。
「寛先生……おっきくなってます」
「アンタがそうしたんだろ?」
「はい……それじゃあ……」
いきなり肉茎に吸いつくかと思っていたが、司書は菊池の熱を手でぐっと押さえつけると、その根本の陰毛に鼻先を突っ込んだ。そのままふんふんと息を荒くしているのが、毛先を通して伝わってくる。
「はん……匂いは、毛の方に残るから……」
「……そう言われれば、そうかもな」
色気に惚けた顔をしながらも、司書の指摘はやたらと鋭かった。なんだかその言いぐさに彼女の悲しい過去が透ける気がして、菊池はうっすらと哀愁を抱く。誰かに抱かれながら、男の身体に他人の残り香を感じたことがあるのだろうか。
「……他の人の匂いも、せっけんの香りもしない」
存分に鼻をきかせたあと、司書がむくりと身を起こす。
「先生は……潔白です」
「やっと信じてもらえたか」
「疑って、ごめんなさい……」
言いながら、司書は菊池にまたがった。すでに裸も同然の菊池とは反対に、司書はゆったりとした寝間着を身につけたままだ。
「俺だけ裸じゃ恥ずかしい。お嬢も全部脱いでくれ」
「は、はい……」
声に応じて、司書は菊池と向かい合ったままゆっくりと服を脱ぎ始めた。裾に細かなフリルがあしらわれているだけのシンプルなパジャマの上着を、ぺろりとめくって頭から抜いていく。下着はつけておらず、豊かな乳房が丸見えになった。
「…………」
それを無遠慮に、意識しないうちににやにやと笑みさえ浮かべつつ眺めていると、視線を感じ取ったらしい司書が身をよじった。
「こらこら。隠してる暇があるなら下も脱いでくれよ」
「うぅ……先生、じっと見てくるんですから……」
司書が一糸まとわぬ姿になった瞬間、菊池はその乳房に吸いついた。
「あっ、はぁっ♡ いきなり吸っちゃ……♡」
口ではそう言うものの、司書の乳首はすでに硬くしこっていた。菊池の唇で挟まれるのを喜んで、歯を立てられるのを待ち望んでいる。
「ひあっ! あっ、あ、噛まないで……!」
望み通りに上下の歯で乳首を押さえ、そこから舌を出して吸いあげる。
とたんに司書の身体は大きく跳ねて、同時に菊池の内腿にペチャリとした感触が落ちてくる。司書の足の間から垂れた愛液だ。
「…………」
いつもはこの敏感すぎる肉体を焦らすのも酷に思えてすぐに粘膜へ刺激を与えてしまうが、今日は少しばかり他の部分にも触れてみたくなった。
「ひっ♡ アッ、あっ、か、寛せんせっ……?!」
「ん……しょっぱいな。少し汗が……」
「ちょっと、いっいやぁぁっ、ど、どこを舐めてるんですかぁっ」
菊池が腋に舌を寄せると、司書は急に陶酔から覚醒したように慌て始めた。すぐに腕を下ろして菊池を拒もうとするが、もうすでに菊池は司書のここを味わうと決めたのだ。そうはさせない。
「う、うで……おろさせてぇっ。だめです、腋の下なんて…ぺろぺろしないでぇ……!」
「これは……なかなか……うむ……んんっ……」
「ひぃいっ、いや、わき…いや……あ、ああぁぁ……♡」
最初は悪戯心だったが、司書の腋の下を味わううちに菊池の中で奇妙な思いが膨れ始めた。
今まで触れたどこの皮膚よりもなめらかで柔らかく、きめ細かな皺が入っているがゆえに独特の感触がある。そして舌の先から転がり込んでくる甘やかなしょっぱさ。腋の下というのはこんなに性的な要素を秘めた場所だったのかと感動さえ覚えて、菊池は夢中で司書の腋を舐め回した。
「いやあ……♡ わき……そこは、すごく、恥ずかしいところだからぁ……♡」
「ん……ふはぁっ。なんだ、恥ずかしいのか? こんなに綺麗に処理してるんだ。照れることもないだろうに」
「恥ずかしいからちゃんと処理してるんですっ……!」
「……処理しないとどうなるんだ?」
「えっ……!」
司書がびくんと跳ねて、驚いたような顔で菊池を見る。
「ど、どうなるって」
「お嬢の手入れでここはこんなに綺麗になってるわけだ。それをさぼるとどうなるんだ。教えてくれよ」
「う……くぅっ……そんな……」
「言えないなら……もう今日はお預けだな」
「ひぁっ♡」
腋の下に顔を埋めたまま、片手を司書の下腹部に潜らせた。まるでぬかるみのようになった粘膜に驚きながらも、それをかきわけてあえかな肉芽をつまみあげる。
「はひぃぃぃっ♡ いっ、アッ、い、イッちゃううぅっ♡」
「おっと」
「うぅっ、あっ、あ……♡」
しかし司書の身体が絶頂に向けて震えだした途端に手を離す。
中途半端なところで快楽を取り上げられた司書は、涙目になりながら菊池を睨んだ。
「先生、ひどい……♡ 私の身体で、遊んでるぅ♡」
「お嬢がちゃんと答えてくれないからだよ」
「あ……ああう……♡」
やがて司書は、菊池から目を背けながら小さく口にする。
「きちゃい……ます……」
「ん?」
「わ、わき毛……生えて、きちゃいます……うぅぅっ……♡」
菊池は全身の産毛が逆立つのを感じた。自分の言わせていることが司書の乙女心を激しく蹂躙し、たまらない恥辱を与えている。だというのに司書は、菊池から与えられる快感を期待してそれに打ち勝とうとしているのだ。その様子がけなげで愛しく、同時に嗜虐心を強く疼かせる。
「よしよし。泣くな」
「だって……先生が……言わせるからぁ……!」
「アンタの恥ずかしがるところがどうしても見たかったのさ」
「ばか、先生のばか、あぁっ♡」
泣き濡れる司書の身体は、それでもいじらしく菊池を受け入れるかたちを取っていた。足の間の粘膜は熱いままで、肉茎を押しつけると亀頭にしなだれかかるようにとろけた。
「あふぅっ、あっ、ああぁあぁあっ♡♡♡」
そのまま司書に腰を落とさせると、肉茎はなんの突っかかりもなく胎におさまっていく。
「はぁ、はぁ……あっ、はいった……♡ せんせいの、奥までぇ♡」
「ああ……く、参ったな……今日はちょっとばかり、早くなっちまうかな」
「んんっ……あ、いいですっ♡ ぜんぜんっ♡ わ、私ももう、あ、イクッ……♡」
わずかに臀部を揺らしただけで、司書の身体はのぼりつめようとしていた。いつものことだが、今日はその痙攣につられて菊池もすぐに精を放ってしまいそうだった。
さっきまでの嗜虐と倒錯が、菊池を奇妙なほどに追い詰めていた。
「はあ……! お嬢、中に出すぞ……!」
「ひぐぅうぅっ! はい、アッ、出してぇ、出してえぇぇっ♡♡♡」
司書が仰け反るのと同時に、菊池の背筋を快感が走り抜けていく。
とろけきった肉穴の奥に吐精しながら、奇妙な欲の芽生えを意識した。
「お嬢……しばらく……その、なんだ。腋の手入れをさぼってみるつもりはないか」
「…………え……先生……なにを言ってる……ん、ですか……?」