追悼ライブに潤が来ないことを心配して、ノブは何度か電話をかけていた。しかし潤の携帯は電源が切ってあった。不安がよぎり、ライブの片づけも済んで打ち上げに行く集合時間の合間に、ノブは屋上のスタジオに寄ってみた。日も落ちかけたスタジオには誰もいなかったが、ふと見ると通 り雨で湿った床に潤のロケットペンダントが落ちていたので、後でブラディシープででも会った時に渡してやろうとポケットに入れスタジオを後にした。

 

 

草いきれの中、潤とシゲオは寝そべってジョイントを回していた。心地よくキマってきたシゲオが潤に言った。

「なあ、あの山の向こうには何があると思う?」
「うーん、八ケ岳の向こうだから…群馬県じゃない?」
「…あいかわらず夢がねえなあ、潤ちゃんは。たとえばさ、山を越えたらパラダイスがあるとかさ」
「パラダイスって言われても。具体的に言ってよ」
「山を越えたら街があってさ、そこはしあわせな街なんだよ」
「神様がいるとか?」
「そうじゃなくてさ、意外に普通なんだ、これが。普通の家があって、普通の家族が住んでて、普通 のご近所さんがいる」
「はあ?シゲオさんのほうが夢がないんじゃね?」
「わからないかなあ、こういうしあわせ。子供は普通に学校行って、普通に宿題忘れて立たされたり、普通 に遊んで、普通に家族で夕飯食って、たまにとんでもねえイタズラして父ちゃんにどやされたり、そんな日にかぎって母ちゃんが作ってくれる晩飯は好物のハンバーグだったり」
「なんか、ありがちすぎてつまらんパラダイスだね」
「バカにしてっけどさ、そういうありがちな体験、俺らしてねえだろ」
「まあ言われてみれば。けどかえってむずかしいんじゃない?そういうの」
「だからパラダイスなんだよ、どうだ、行きたくなっただろうが」
「うーん、まあ、つきあってもいいかな」
「よし、決まりだ!行ってみようぜ」

 

 

草原を立ち上がり、青い山陵に向かって歩きはじめた2人の姿はすぐに遠ざかり見えなくなった。古ぼけたラジカセからはオーティス・レディングの優しくあたたかい歌声が流れていたが、それもいつしかとぎれ、銀色のスイッチにとまったシオカラトンボが羽根を休め、また飛び去って行った。

 


   
2008.1.16 

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